僕達の願い 第3話


突然激しい痛みを感じ、意識が覚醒した。
あまりの痛みに上手く呼吸が出来ない。
口から漏れる声も、言葉として成立していない呻き声だけだった。
深夜なのか辺りは真っ暗で、何も見ることが出来なかった。
体が痛い。頭が痛い。全身に火がついたように熱い。
激しい痛みから逃れようと体を動かしたいのだが、四肢は自由に動かなかった。
叫んでも何も変わらない。
そう思い、声を殺し、どうにか現状を把握するため霞がかかった脳を働かせる。
一体何が起きたのだろう。
自分は今何処にいるのだろう。
この痛みは何なのだろう。
どうして目が見えないのだろう。
そこまで考えて、ああそうだ、俺は死んだんだったと、その事実にようやく行き着いた。

ゼロレクイエム。

すべての悪を、すべての汚名をこの身に集め、英雄ゼロにこの身を討たせ、憎しみの連鎖を断ち切る。
過去の罪も全てこの身に。
虐殺皇女ユーフェミアの名が霞むほどの悪に。
フレイアを生み出し、億の民を殺したものとして。
悪逆皇帝としてすべての憎しみを、すべての憤怒を、すべての恨みをこの身に。
生きる価値など無いこの生命を最大限に利用し、愛する者たちへ争いのない未来を。
嘘だらけの人生を送った俺が最後に残す嘘。
その嘘を真実にするために。
きっと明日はいい日になる。
そのために。
そう。だからスザクがゼロとなりこの体を貫いたのだ。
この痛みもこの暗闇もそのためのもの。
ならば声など出してはいけない、体を動かしてはいけない。
たとえこの身が民に蹂躙されようと、受け入れなければならない。
即死はしなかったのか。
だが、それでいい。
楽に死ねるほど、犯した罪は軽くない。
苦しみ、藻掻き、無様に死ぬのが丁度いい。
義兄を殺し、義妹を殺し、両親さえ消し去った。
偽弟の命を奪い、友の命を奪い、億を超える命を奪った。
ゆくべき先は無間地獄。
ならばこの程度まだ序の口だな。

そこまで思考が巡った後、泥のように重い暗闇の中に再び思考が沈んでいくのを感じた。



痛みに呻き、苦しげに体を動かそうとしていたその体を抑えながら、私は叫び続けた。

「お兄様!お兄様!」

ただ兄を、目の前で苦しみ続ける兄を呼びつづけた。
全身に包帯を巻かれたその姿は痛々しく、よく命が助かったものだと医者は言った。
四肢は勿論、その顔の半分を覆うように包帯が痛々しく巻かれ、包帯のない場所でさえ幾つもの大きなガーゼが貼り付けられていた。病衣で隠れているその体にも無数の切り傷があり、わずかに見えている肌のほとんどがその肌よりも白い包帯に包まれていた。
麻酔が切れ、痛みに苦しむ兄に、ただ声をかけることしか出来なかった。
だが、その叫びが突然とまった。
唇を震わせ、声を出すまいと必死に口を閉ざし、それと同時にどうにか動かそうとしていたその体も動きを止めた。

「お兄様!お兄様!また私を置いて行かないでっ!お兄様っっ!」

声もあげず苦しげに呼吸をし横たわる兄の姿に、まるで命が尽きようとしているその姿に、私は心臓が握りつぶされるような思いがし、必死に声を掛けた。
何がどうしてこういう状況になったのかはわからない。
ただわかっていることは、これが悪夢だということだけだった。

兄がゼロに殺害されてから10年が経った。

毎日兄を糾弾する言葉を聞き、自らも最悪の兄、最悪の人間だと兄を罵った。
悪逆皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
兄が被った最後の仮面。
兄が演じた最後の自分。
兄が残した最後の奇跡。
それを壊すことを許さず、兄の望んだであろう聖女を演じ、兄を悪魔とし続けた。
そして毎日毎日、自室に戻ると兄に懺悔をする。
泣きながら、愛していますと、ごめんなさいと、泣き疲れて眠るまで毎日毎日。
泣き腫らした顔を化粧で誤魔化し、再び兄を罵る。
そんな毎日に疲れていたのだろう。
だからこんな夢を見ているのかもしれない。
兄に会いたい。
兄と話しがしたい。
その思いと
兄を傷つけ 兄の死を喜び
兄をすべての悪とした。
その行為が。

夢の中でも兄を苦しめる。

目が覚めたら懐かしいアリエスの離宮の自室のベッドに居た。
外が慌ただしく、思わず私は飛び起きた。
夢だとすぐわかった。
あの日動かなくなった両足が動くから。
自分の足で動けたから。
その喜びよりも、この騒ぎに胸騒ぎを覚え、私は走った。
この体が今よりもずっと小さなことに違和感を感じながらも扉を開き、そして。

事切れた母と、その腕に抱かれた兄がそこに居た。
真っ白な衣服を真っ赤に染めて、身動一つせず居る兄と、あの日ゼロに刺されて亡くなった兄が重なり、私は声にならない悲鳴を上げた。
悪夢は未だに終わらない。
この夢はまるで現実のように時を刻み続けた。
長い長い手術の後、ようやく入ることの出来た病室でも兄は苦しみ続けた。
何なのだろうこの夢は。
もし、私が過去に戻ったというのなら、撃たれるのは私のはずなのに。
もし、兄が私の代わりだとしたら、ここまで酷い傷を負うことなど無いはずなのに。

「神様、神様、お兄様はここまで苦しまなければいけないのですか?どうしてお兄様だけがこんなに」

兄よりも重い罪を背負う私ではなく、何故兄に。
生死の堺を幾度と無く彷徨う兄の元には、誰も訪れなかった。
ここにいるのは医者と私だけ。
父だけではなく、腹違いの兄も姉も来てくれなかった。

ああ、どうしてお父さま。
お母様の葬儀にも来てくださらなかった。
お兄様がこんなに苦しんでいるのに、どうしてお見舞いにも来てくださらないの。

兄が昔、一度だけ話してくれた。
それと同じ状況。
その時は仕方がなかったのだと、そう口にした。
皇帝なのだから仕方が無いと。
でも、こうしてこの場に立てばよく分かる。
兄の悲しみが。
兄の憎しみが。
兄の絶望が。
ひと目でいい。
ほんの一瞬でいい。
苦しむ兄に会いに来て欲しいのに。
それだけで救われるのに。

私は此処でも兄に懺悔をする。
泣きながら、愛していますと、ごめんなさいと、泣き疲れて眠るまで毎日毎日。

なんて悪夢。
早く目を覚ましたい。
早く目を覚まして。
私は只々兄に縋り泣き続けた。

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